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水の国 (3)

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 「これはまだ専務にも、いや、他の誰にも話していない計画ですから、何があっても他言無用
という約束で聞いて下さい」
 「え、若様にも話せない様な事を、私が伺ってもよろしいんでしょうか・・・」
 「今回のプロジェクトの成否は秋山さんの双肩に掛かっています。その秋山さんにプロジェク
トの実像を知っていただき、その目標の大きさを理解していただいた方が、より慎重に、且つ、
思い切り実力を発揮していただけると思いますからね」
 「・・・・・・」
 松本市切っての資産家にして優良企業サトミ開発の経営者、ジャンルを問わぬ博識と、ぞっと
する程の洞察力。付き合いは長いが、雲の上の人と思ってきた里見が、自分に期待を掛け、専務
である我が子にさえ明かさぬ秘密を語ろうとしている。秋山は鳥肌立ち、生唾を飲んだ。
 「ここのプロジェクトの目的は、宅地開発にして宅地開発にあらずなんです」
 「・・・先ほど高級分譲とおっしゃったじゃないですか?」
 「高級分譲はやります。プロジェクト名は『水と緑の里プロジェクト』とでもしておきましょ
う。でも、分譲するのは全用地の六割程で、残りの四割は公園にします」
 「それじゃ採算が取れないでしょう?」
 「大丈夫、その公園の地下には財宝が眠っていますから」


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 「・・・・・・」
 秋山は不安げに、里見の瞳の奥を覗いた。
 「心配無いですよ、私は正常です。まだ分かりませんか?美しく澄んだダイヤですよ」
 「!分かった、分かりました、水ですね?地下水ですね?」
 「そう、無尽蔵の澄んだ美味しいダイヤです。その本当の価値に住民が気付く前に、事を進め
てしまえばこちらのものです。そして公園と言ったのは工場公園ですね。ミネラルウォーターの
工場は最新の設備をもってすれば、驚くほど静かな工場になりますから」
 「一般人も入れるようにするんですか?」
 「ええ、内部の心臓部は最新の設備にしますが、その他の建物や庭園は、安曇野の水郷地帯の
風景とマッチした、いや、それではまだ不足で、昭和初期の安曇野、その水郷地帯の再現ですね。
何も足さなくても、何も引かなくても、ドラマや映画のロケに使える、完成度の高いものにしま
す」
 「実現すれば、観光事業としても成り立つかも知れませんね?」
 「かなりの収益を見込めるでしょう。でも、そうした展開は副産物で、むしろ、そうした展開
によって高まるブランドイメージが狙いです。ここの水源は単に水質が良いだけでなく、ブラン
ド作りのし易さでは、サラブレッドの素質を持っていますからね。同じ安曇野エリアの水源でも、
私がここに目を付けた理由はそこです」
 「二重三重に利益を生み出す構造ですね。しかも、環境が良くなって、観光資源も増えるから、
地元貢献にもなるし」


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 「ただ、このプロジェクトは小規模な買収、中途半端な開発では成功しません。後から虫食い
になるのも、邪魔が入るのも困るからです。莫大な投資をすることになりますから、絶対に失敗
は許されません」
 「承知しました。私も全力でやらせていただきます」
 秋山は、初めて経験する大仕事に、身震いを覚えながら言葉をつないだ。
 「失敗の許されない大戦(おおいくさ)だけに、買収以外の根回しも平行して進めますから、
かなり金がかかりますが?」
 「分かっています。この秋、五町村が合併して新市になれば、どんな都市計画が出来て、どん
な土地利用の規制が敷かれるか知れません。先手先手で打って下さい。ただ、手の打ち方で画期
的なアイディアが私にあります。それは、社に戻ってから説明しましょう」
 「それは楽しみです。・・・ところで出直すことにしませんか?」
 「そうですね、今回は、かえってお留守で良かったかも知れません。次回は趣向を変えて一人
で来ることにしましょう」
 二人は立ち上がると軒下を水舟の方に行った。
 秋山は二個のグラスを水舟ですすいで、棚の上に戻した。
 水舟の二番槽には、おそらく今夜のためであろう、大きな缶生ビールと白ワイン、他にも何か
の瓶が数本浸かっていた。
 東屋には洗ったばかりの長靴や農具が並んで干されている。
 里見は水舟の周囲を丹念に眺め、軒下に陰干しされている釣竿に目を停めると、


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 「次回は慎重にお邪魔することにしましょう・・・大物釣りの釣り師のように」
 と言って庭に出た。

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