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早苗の蕎麦 (4)

 晃は近藤の横に行って改めて礼を言った。
 それに気付いた恵子も来て一緒に礼を言った。
 近藤は、早苗の修行を親身になってサポートしてきただけに、幾度も礼を言われることに恐縮
しながらも、充実した時間を味わっていた。近藤はこれからも、この才能ある娘の良き先輩とし
て、良きライバルとしてやっていくために、自分自身の志を高めようと決意していた。
 自分の打った蕎麦を、大切な人たちが目を丸くして夢中で食べてくれている。早苗は蕎麦打ち
を褒められた以上に、それが嬉しかった、そして快感だった。
 皆んなが夢中ですすって、二十四人前の蕎麦を八人で平らげてしまった。


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 食べる蕎麦の無い早苗と近藤を気の毒がったハルが、煮物や稲荷寿しを山の様に持って来た。
 「早苗。蕎麦打ちに極意があるとしたら何、何か思いつく?」 
 恵子が聞いた。
 「・・・蕎麦打ちというより、蕎麦屋の仕事全体の極意が水の使い方ね。水に原理の理と書い
て『水理』それが極意よ。蕎麦粉と水を混ぜるにしても、延したり切ったりする時も、茹でたり
さらしたりするのも水の使い方が要。それから蕎麦つゆの出しを取るにしても、蕎麦屋の仕事の
重要なところは、全て水の使い方に極意があったわ。ねえ、それでいい、コンちゃん?」
 「その通りなんですよ。僕も鶴屋に入れてもらう前は、蕎麦屋と言えば、延したり切ったりの
技術を磨く部分ばかりに目を向けていましたが、各パート毎にまったく違う、それぞれの水の使
い方を先に理解していなかったら、技術を何十年磨いても無意味なんですね。水の量、水温、気
温や湿度、各適切な時間、混ぜる順番、沸騰とアルファー化、全部水に関係しているんです。中
でも一番難しくて大切なのが、鉢仕事と呼ぶ、粉と水を混ぜる時の原理で、これは科学と感性の
両方で理解しないと習得出来ないんです。ほとんどの蕎麦屋は、こうした水使いの基本を知らな
いまま、何十年も営業しているのが現実ですけど・・・やはり極意は水の使い方に尽きると思い
ますね」
 近藤は答えながら、父親の経営する大型蕎麦店の「霧野」を思い出していた。
 「じゃあ、蕎麦職人てのは言い換えると『水使い』ってことかな」 辰彦が言った。
 「水使い・・・そう、その通りです。蕎麦職人は麺棒や包丁以上に、水を水芸の如く使いこな
して料理をする水使い、水の料理人ですね」 
 近藤が答えた。
 「晃さーん、蕎麦も水が極意でしたよ・・・水理、水芸、水使い、水の料理人、なんだか私の


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琴線を弾く言葉が次々こぼれてきましたよ。何だかいい感じになってきましたねえ」
 ジーノの頭の中に、次の企画のアイディアが次々に湧き出し始めていた。
 昼休みが済むと、田植えの邪魔をしてはいけないと、近藤が早々に帰って行った。
 五郎と辰彦も、その後を追うように引き上げた。
 午後は早苗も田植えに加わった。

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