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雪嵐 (8)

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 風は時折テントの左右からも畳み掛けたが、これは左右の足で支えた。
 幸い入口方向からの風は無い。
 テント内の生地に凍りついた水蒸気が風に叩かれ、ヘッドランプの灯りにダイヤモンドダスト
を見せている。
 午前4時を過ぎると風は狂気を帯びてきた。
 猛吹雪が、抑揚の一切無いグワーーーッという轟音とともに、背後からテントを押しつぶしに
かかっている。フルスロットルのレーシングカーに、テントごと引っ張り回されているようだ。
二枚の布越しに、背中や後頭部に雪の塊がバシンッバシンッとぶつかり、積み上がってくるの
が分かる。
 風の攻撃が左に移った。まるでスコップですくい投げてくるように、雪がドサンッドサンッと
ぶつかり、テント生地がたわんでくる。左足で押すと、ずっしりと雪が積み上がっている。
 変わって、背中の後ろで積み上がっていたはずの雪は、いつの間にかすっかり無くなっている。
と思うと、また風向きは変わり、再び背中に雪がぶつかり積み上がり、のしかかる。
 そんな事が幾度繰り返されたか、背筋と腹筋の疲労が限界を超えた。
 晃は一息大きく深呼吸をすると、背中や腕の力を少し緩めた。
 「落ち着け。落ち着いて状況を観察しろ」
 強風にテントごと飛ばされるかもしれない・・・積みあがった雪にフレームを折られるかもし


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れない・・・そうした恐怖を無理矢理頭の片隅に押しやり、たわんでくるテント生地や、うねる
ように暴れるフレームの動きを観察した。
 「そうか・・・このテントは相当にたわんでもいいのか・・・あまりのひしゃげように怯えて
はいけないんだ・・・いや、たわんだ時こそ、背の低いこのテントの真価が、むしろ発揮される
のか、身を低くたわませて風を逃がすように出来ているんだ・・・もしかしたら自分は今まで、
このテントの耐風システムの邪魔をしていたのかも知れない・・・そうだ、釣りの原理に似てい
るぞ・・・細いラインやロッドで大物を釣る時の原理だ・・・大物を逃がしたくない一心で、ロ
ッドの先やラインを掴んだりしたら、折れるか切れてしまう・・・ロッドの尻を握り、ロッドと
ラインの撓(しな)りや伸縮を目一杯に活かしてやらなきゃ駄目じゃないか・・・よし、後はこのテント
を信頼して、自分はサポートに回ろう・・・」
 晃は思い切って体勢を変え、風上であるテント後部に足裏を向けて仰向けになった。常に強力
に引っ張り続けられている、後部アンカーへの負担を少しでも減らすのと、床下への風の侵入を
防ぐために膝を立て、後部両サイドのコーナーを両足先で押さえ、その足先に加重するため上半
身を少し起こした。さらに長時間その体勢を維持するために、背中と床の間にはザックとシュラ
フを重ねて置き、上半身の支えにした。そして、テントの変形が限界を超えるほどの圧力で風が
畳み掛けてきた時と、左右から来た時だけ、両腕を突っ張る様に使ってサポートした。
 背中と両腕の支えを失ったテントは、うねるように襲い掛かる強風に幾度も揉み潰されそうに
なったが、低い背をさらに低くして風を逃がし、時には晃の腕の助けも借りて、辛うじて持ちこ
たえている。


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 この方法で何時まで持ちこたえてくれるのか保証は無いが、今回持ってきたのが、このテント
でつくづく良かったと晃は思った。もし、辰彦や五郎達に同行してもらい、一クラスでも大きな
テントを張っていたら、もろに風を受けて間違いなく飛ばされていたに違いない。
 突然、顔の上にブワッと雪の束が降ってきた。何事かと見上げると、風圧で裏返ったベンチレ
ーター(換気口)がテント内に突き出し、縛っておいたはずの口紐が解けて、そこから雪の束が
ブワーッと噴出している。雪は胸の上からテントの床まで、瞬く間に白くした。
 「クソッ」
 晃は予備の張り綱を使い、ベンチレーターの根元を自分でも驚くほどの素早さで縛った。そこ
ら中に載った雪を片付けたいが、そんな余裕は無い。
 手足の先の感覚が寒さで鈍ってきた。体温を上げるためにテルモスを取り出し、仰向けのまま
直接口をつけて熱い湯を飲む。火傷するほど熱いが、カップに移してすする余裕など無い。
 一口チーズとソイジョイの包みを歯と唇ではがし、アーモンドも加えてオールインワンに頬張
る。適当に噛み砕いたところで、熱湯で胃袋に流し込む。これを数回繰り返し、手袋にホカロン
を入れると幾分楽になった。
 夜明けになれば少しはましになる筈だ・・・それだけを期待して耐えた。

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