水祭り (4)
「さて、手を借りたいって、どんな手を貸したらいいんだい?」
お茶を配りながら辰彦が晃に聞いた。
「今度の冬、一月末か二月の頭に、俺を五竜の地蔵の頭(かしら)まで連れて行ってほしいんだ」
「連れて行ってどうする?」
「そこに置いてきてもらえば完了さ。俺は遠見尾根の大遠見直下まで登って一泊して来るが、
サポートは地蔵の頭まででいいんだ」
「そうか、例の病気の治療だな・・・じゃあ俺たちも付き合って一泊してくるよ」
五郎が言った。
「お察しの通りだけど、だから一人で行きたいんだよ。俺はこっちに帰ることに決めて、すで
に東京の仕事の根っ子は全部切ってしまったし、家族も回りも、すっかりその気になっている。
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今更後には引けないからこそ、あんな厄介な病気とは完全におさらばしたいんだよ。中途半端な
刺激で生殺しになるより、これで直らなかったら写真を諦めるって、割り切れるだけの強烈な荒
療治を試してみたいんだ。ただ心配なのは、俺がスキー場やゴンドラで、おかしなことになって
周りに気付かれて、止めが入ることなんだ。だから地蔵に辿り着くまで二人にガードしてもらい
たいんだよ」
「単独か・・・お前も昔は、やっていたことだから、まるで無謀とも思えないが・・・」
と、晃の気迫に押され気味に辰彦が言った。
「頼むよ。頼れるのはお前達しかいないんだから・・・」
「しかたないな・・・どうする、五郎?」 辰彦が聞いた。
「そうさな、病気も直してほしいし・・・その代わり、無理して事故ったりするなよ」
五郎が承諾した。
「じゃあ、詳しい打ち合わせは時期が近づいたら連絡するから、頼むな」
「私も山は少しやりますです。途中までなら役に立つかも知れませんから、私も手を貸したい
ですねえ」 ジーノが言った。
「ありがとうジーノ。気持ちは嬉しいんだけどさ、あなたが一緒じゃ目立ちすぎて」
他の二人が同時にうなずいた。
「ところで、明日の『お水返し』だけど、二人はどうする?」 晃が聞いた。
「明日は大事な仕事を請けてるから、俺は抜けられないよ」 辰彦が言った。
「俺は行くぞ、明日は休みだから。それに、今の上高地は紅葉シーズン真っ只中だからな」
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五郎が言った。
「くっそー・・・お前らしょっちゅう休んでないか。消防士なんて気楽でいいよな」
辰彦が悔しがった。
「やってみろよ・・・ゆうべだって泊まりで、救急出動七回だぜ」
「サーノさんは、ロッカーにも入らなきゃいけないし、忙しいですよね」
「あら、ジーノさん、裏切っちゃだめだよ、明日は仲良くドライブする仲なんだから。居眠り
してる間に、心肺蘇生やっちゃうぞ」
カラッと襖(ふすま)が開いて、てる子が顔を出した。
「何をコソコソやっているんだい、お前達は。文さがもう出来上がっちゃったから、早く帰ろ
うって言ってるよ」
「よし、今夜はお開きだ。明日の朝は拾って行ってくれよな」 五郎が晃に頼んだ。
「分かってる。七時に寄るから仕度済ませとけよ」
「ところでジーノさんって・・・お姉さんか妹さん、いる?」 五郎が聞いた。
「私に姉妹は、いないですねえ」
「あ、いない・・・残念残念、さて帰るかな」
と言って五郎が立ち上がった。