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水祭り (2)

 「へいっ、らっしゃーいっ」
 鮨辰親子の威勢のいい声が、ジーノに向かってハモッた。
 ジーノに続いて、ハルと文吉も入ってきた。
 「文さ、今朝は採れたかい?こっちは二人で東山(筑摩山地方面の山)に行ってきたが、ウシ
ビテ(クロカワタケ)がたんとあったぞ。マツタケはぼちぼちだったが」
 辰三が文吉に聞いた。
 文吉夫婦と辰三夫婦はじっこんの仲だ。と言うのも、てる子もハルと同じ木曽の出身で、もと
もと文吉の友人だった辰三と、てる子を引き合わせたのはハルだった。
 「こっちは西山(北アルプス側の山)だが、ほれ」
 文吉が新聞紙に包んだものをカウンターに載せ包みを開くと、大小十数本のマツタケが現れた。
 木村親子三人がカウンター越しに覗き込んだ。
 「おう、けっこう採れたじゃないか・・・この二本のカサヒラキ(成長して傘の開いたもの)
は傘もでかいが、軸が太くて長くて立派だねえ」


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 「この二本は、こちらのイタリアの兄さんが初めて採ったマツタケだ」
 文吉がジーノの顔を見た。
 「ほう、初めてでマツタケが採れるとは大したもんだ」
 「いえ、西のオジサンに生えてる場所を教わったからでーす」 ジーノが照れて言った。
 「いや、確かにシロ(毎年良く出る場所)には連れて行ったが、この二本が出てたのはシロか
ら外れた北斜面のザレ場(砂利地)だもの、それも急斜面の。目が良いんだね、尾根からずっと
下の方を見下ろして『あ、キノコが出てる』って言って滑り下りて行ったんだから」
 「そんなにデカクなってたら、誰だって分かるよ」 晃が口を挿んだ。
 「晃、お前は何本採ったんだ?」 辰三が聞いた。
 「ゼロ・・・」
 「何、よく聞こえないなあ。もういっぺんデカイ声で言ってくれないか」 辰彦がからかった。
 「ところで、まだ話の続きがあるんだよ」 文吉が皆んなを両手で制して続きを語った。
 「ジーノさんはザレ場を滑り下りて行ったんだが、下の方で暫くしゃがんでいたかと思ったら、
キノコに鼻を近づけるなり、『あったーっ!』って叫んでな、両手に一本ずつ握り締めたマツタケ
を、こんな風に高々と掲げて一気にブワーッて舞い上がって来たんだよ。駆け上がったんじゃな
くて、本当に舞い上がって来たんだぞ。俺は生まれて初めて見たよ、地に足を着けずに人間が移
動するのを」
 文吉が身振り手振りを交えて再現した。


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 「オ、オジサン、大袈裟ですよ」
 皆んなの笑いの渦を分けて、晃がジーノと辰彦たち親子を、それぞれ紹介した。
 ジーノは晃の左隣りに掛けた。その向こうに文吉で、ハルが一番奥に掛けた。
 ハルは広口ビンに入れた自家製のワサビの茎漬けを、てる子に渡したりしている。
 「と言うわけで、悪いがこの見事なカサヒラキを焼いてくれないか。地に足が着かなかったく
らいだから、味わいもひとしおだと思うしね。他のやつは置いていくから適当に使ってくれ」
 「いいのかい」
 「いいさ、商売してるんだから幾らあっても困らないだろうし、家にはシメジやザツ(雑キノ
コ)が山ほどあるから」
 「悪いな。ところで、うちの料理でイタリアのお客さんの口に合うかなあ・・・」
 辰三が心配そうに言った。
 「辰オジ、心配ないよ。ジーノは和食が大好物だから。すでにイナゴやタニシから、スガレま
で体験済みだよ」
 「へーっ、イナゴまでねえ。俺はイナゴは苦手だな、いかにも虫っぽくて」 辰彦が言った。
 「いらっしゃーい。晃ちゃん久し振りじゃない」
 辰彦の妻の菊子が顔を出した。
 「ようっ、菊子さ、元気そうだな。来春には帰ってくるから、よろしくたのむな」
 「やっぱりね。私はきっと帰って来るって分かっていたんだ」
 「どうして?」


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 「晃ちゃんが何時までも都会で暮らせるわけ無いじゃない、晃ちゃんなんか水から出した魚みた
いなものだもの。そのせいかしら、ちょっと干からびたんじゃない」
 「おいおい、これでも向こうにいればシティーボーイだと思われているんだぜ」
 晃は菊子にもジーノを紹介した。
 「とりあえず、生ビールで始めようか。温泉に入ってきたから咽が渇いちゃってな」
 文吉が言った。
 ジョッキに注がれた生ビールが配られた。
 「ちょっと待ってくれ」
 と言って、辰三が普通のグラス四つにも生ビールを注いだ。
 「仕事中だが、せめて乾杯だけは俺達も、この小さいので一緒にやらせてもらうかな」
 と辰三が言った。
 「何に乾杯しようか・・・」 と晃が言うと、
 「馬鹿か・・・戻ってくるお前の、前途を祈念してに、決まってるだろうが」
 と辰三が言った。
 「あのー、皆さん一緒の記念写真を撮っても、いいですかあ?」 ジーノが聞いた。
 「ちょっと待って、シャッター押してもらうから・・・真ちゃーんっ」
 てる子が見習いの真一を連れてきた。
 真一は入口近くに立って、カウンターの内と外に並んだ一同にレンズを向けた。
 「カンパーイッ」
 大きな声が店の外まであふれた。

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