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天然家族 (4)

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 数日後の日曜日、久し振りに家族四人が揃って朝食のテーブルを囲んだ。
 進学を止めることについて、両親が認めたことを知った早苗は気持ちが少し安定したのか、部
屋から出て来るようになっていた。
 ハルが土産にくれた餅で雑煮を食べながら、恵子が切り出した。
 「ねえ早苗、ゆうべの話し、お父さんに話してもいいかしら?」
 「ああ、あれ・・・もちろんいいわよ」
 「光も引越しの話し、OKだよね?」
 「うん、いいよ。ケンちゃんやダイちゃんと遊べなくなるのはいやだけど、二人には夏休みな
んかに会えるし、それに、いつもは穂高に行っても直ぐに帰ってきちゃうけど、ずっと穂高にい
られるんなら、OKだよ。今度はいつでも魚取りとかキノコ採りに行けるもんね。西オジにいっ
ぱい遊んでもらうぞーっ」
 「お父さん、田舎に引っ越す話しだけど、二人とも賛成してくれたわよ。ねえ、早苗」
 「私はこっちより穂高の方がずっと好きだし、大学に行かないのを認めてくれるなら賛成」
 「進学しなくて本当に後悔しないか?」
 無意味な質問と思っていながら、あえて晃が聞いた。
 「後悔しない。大学は、いつか何かの目的が出来て、そのために勉強したくなったら進学する
わ。それより今は自分が何をしたいのか、それをゆっくり見付ける時間が欲しいの。皆の群れか


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ら外れて、出遅れてもいいから、自分で見付けた道を進みたいの。ずいぶん長い間考えてきたの
に、まだそこまでしか見えていないなんて、情けないけど」
 「それは俺やお母さんも同じだよ。四十年も生きてきたけど、人生、こうやっていけば上手く
いくなんて、まだ、はっきり見付けたわけじゃない。このまま進んだら駄目になりそうだから、
思い切って進路を変えて、自分に正直に生きてみようかっていう段階だよ・・・よしっ、じゃあ
結論を出すぞ。この家族は今ままでの設計図で進むと危険そうだから、ここで思い切って設計図
を変えることにする。田舎に引っ越して、四人が囲むテーブルを一番大切にして、じっくり時間
を掛けて設計図の書き直しをするぞ。一般常識からは少々外れた天然家族になるかも知れないが
ね」
 「天然家族か、何かいい感じね・・・じゃあ今までは養殖家族か・・・」 早苗が言った。
 「これから先、天然家族がどうやって生き抜いていくのか、それを一緒に見付けていく環境と
しては、確かに安曇野は相応しいと思う。それに、安曇野に住むのはお母さんの、長年の夢だっ
たからな」
 「ほんとなの、お母さん!・・・私、知らなかった!」
 「いや、俺が田舎に住むのを嫌ったから、お母さんは遠慮して言えないでいたんだよ」
 「本当はお父さんの言う通りよ。安曇野で暮らしたいって思ったのは、お父さんと結婚するっ
て決めた時からなの。今だから言うけど、安曇野に住んで、あそこで作られている色々な新鮮食
材でお店をやる、というのが私の夢の設計図。自分達でもお米や野菜を作りながらね」
 「・・・お母さんにはその方が、似合っているよね。料理してるお母さんもかっこいいけど、


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野菜作ってるのも似合いそうだもの。でも、どうして今まで言い出さなかったの、私、初耳よ」
 早苗が久々によく喋った。
 「・・・よーく考えてみて。そうするってことは、お父さんの仕事が無くなっちゃうかも知れ
ないってことなのよ。家族四人が暮らしていくには、すごくお金がかかるの。それと、あなた達
の学校の問題とか、一家を守っていくっていうのは、他にも色々なことを考えながら生きていく
わけだから、そう簡単に思ったままには進めないものなのよ」
 「店を作るのにも金が掛かるし、当分は貧乏生活になるかも知れないぞ」
 「僕のお小遣い、減っちゃうのかなー・・・」
 「そうね、ちょっと減らしてもらえると助かるんだけど」
 「いいよっ、減っても・・・西オジや西オバから貰えるから」
 「光は気楽でいいよね。お前、悩むってこと、まだ知らないでしょう」
 「そんなことないぞ、僕だって悩む時はあるぞ・・・この間の夜だって、ここでお父さんとお
母さんが喧嘩してるの聞いてて、うんと悩んだんだぞ」
 「あら、そんなことあったの?」 早苗が二人の顔をみた。
 「でもねえ・・・言っちゃおうかなー・・・その後でねえ、お父さんとお母さんがねえ、ハグ
してたから、安心したよーっ」
 「こらっ、光っ。盗み見したなーっ・・・よーし、お前にもハグしてやる」
 光を抱え上げた晃が、光の頬に無精髭の頬をゴシゴシとこすりつけた。
 「うわーっ、痛いっ、お父さん止めてーっ、止めてーっ」


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 晃の腕の中で光が嬉しそうにのけぞった。
 一瞬、晃の中で遠い日の父源吉と自分が重なった。
 この家族を守るためにも、もう後には引けない。後は何んとしても、自分との戦いに勝つしか
ないと。

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