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天然家族 (3)

 「ありがとう、お父さん」
 「おいおい、そんな風に言ってもらうのには、まだハードルが沢山残っているよ。子供達にだ
って、何て言ったらいいか・・・それにどんな反応をするか分からないし」
 晃は風呂上りのビールを美味そうに飲みながら、里帰りの報告と、安曇野移住の意思を固めた
ことを伝えていた。
 「ううん、私にとっては夢の様な結果だわ。正直言ってお父さんが、こんなに早く気持ちを切
り替えてくれるなんて、思ってもみなかったから」
 恵子も今夜のビールは格別に美味しいと思った。
 「もし、子供達が賛成してくれたなら、光の春休みの間に引っ越そうと思うんだ」
 「住むところは、離れ?」


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 「うん、手狭だけど贅沢言ってられないからな。母屋も無くて、離れってのもおかしな話だが、
新しい暮らしは、離れからスタートだ」
 晃の実家の母屋は老朽化が進んだため、だいぶ以前に取り壊してしまった。建物で残っていた
のは、文吉の家の一部を真似て作った離れだけで、八畳と六畳の二間に風呂とトイレのみ。キッ
チンも無ければ、正式に玄関と呼べるものも付いていなかった。
 「私はぜんぜん平気よ。そりゃ確かに狭いけど、あそこなら工夫をすれば充分住めるわ。頑張
ってそのうち母屋を建てればいいじゃない」
 「えらく強気になっているじゃないか。この前とは別人のようだぞ」
 「急に調子に乗り過ぎかしら・・・でも何だか若返ったような気分だし」
 移住の話しを長年かたくなに避け続けていた晃の、意外なほどに速い心の変化に、多少戸惑い
と不安を覚えつつも、今は素直に、新たな希望の喜びに浸りたい恵子だった。
 晃は妻の目尻の小皺や、髪に混じる白いものをしみじみと眺め、いとおしく思った。そして妻
に対し、自分の病気が長年に渡って与え続けた閉塞感の辛さを察し、心からすまないと思った。
 「子供達には、急に相談してびっくりさせちゃいけないから、私の方からそれとなく下話を始
めてみていいかしら?」
 「もちろんいいさ。特に早苗は今デリケートな状態だし・・・頼むよ」
 「分かった。お父さんがせっかく決断してくれたんだもの、無駄にしないように慎重に説得し
てみるわね」
 「ああ、くれぐれも慎重にな。あの子にとって洋子さんのことは、我々の想像よりはるかに大


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きな傷かも知れないからね。早苗の価値観とか、人生観をひっくり返されたみたいなものだから」
 「そうね・・・漆山さんのことは慕っていたというだけじゃなくて、憧れていたというか、目標みたい
に思っていたみたいだから・・・立ち直ってくれるといいけど」
 「そのためにも心残りだが・・・進学を止める話しは認めてやるしかないな」
 「それで本当に後悔しないかしら」
 「どんな道を選んでも、百パーセント正解なんて選択は誰にも出来ないよ。だけど、今の状況
からして、早苗に加わるリスクが高いのは、無理に進学させる方だってことは、ほぼ間違いない
よな。それに、洋子さんの様なことにならないにしても、早苗の心の傷が治らなかったり、悪化
したりするのを考えたら、大学なんてどうでもいいと思えちゃうよ」
 「・・・分かった。私もお父さんの結論に賛成よ」
 「じっくりと時間を掛けて、何としても立ち直らせてあげるんだよ・・・それが最優先だ」
 「じっくりと時間を掛けてか・・・」
 「そう、じっくりと時間を掛けてだ・・・支え合いながら、早苗だけじゃなくて家族全員の傷
を、じっくりと時間を掛けて直すんだよ」
 「お父さん。今夜はじっくりと時間を掛けて飲もうか?」
 「ゴメン、今夜はちょっぴり位で勘弁して。ゆうべジーノと一年分位いじっくりやっちゃって」
 「妻にもじっくりじゃないと、グレちゃうぞーっ」

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