雪の彼方へ (11)
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コルからは再び中遠見山山頂へ向かっての標高差七十メートルの登りとなったが、幸いそこか
ら先の雪質は、強風が新雪を吹き飛ばしてしまったのか、適度に締まり、山スキーを履いた一行
は、かなりのハイペースで進むことが出来た。
晃は思った・・・山スキーさえ履いていたら、こんなに楽に移動出来るところで、自分に山を
教えた両親が遭難するとは・・・夢の中を、悪夢の中を歩いている様だった。夢なら覚めてくれ
と、晃は何度も目を瞑ったが、目の前の景色が変わることはなかった。
中遠見山の山頂に立つと、正面の五竜岳と、その左の鹿島槍ヶ岳は目前に迫って聳(そび)えて
いたが、中遠見山の鼻先に邪魔されて、肝心の目的地を望むことが出来ない。ひとまず一行は
鼻の先まで急いだ。
鼻の先まで下ると、大遠見山とを繋ぐ尾根上を、いよいよ間近に見通すことが出来た。踊るよ
うな樹形が特徴のダケカンバが随所を飾った美しい尾根上を、全員が期待を込めて双眼鏡で辿っ
た。足元から鞍部に向かって緩やかに下っていく尾根上と、鞍部から先に少し登った丘状の目的
地、さらにその先の事故のあった急斜面から大遠見山山頂に至るまで、くまなく確かめた。
「おっ!何かあるぞっ。目的地の丘状の所だ。僅か左に下りた所に、小さな赤いものが見える」
五郎が言った。
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「・・・おうっ!確かに赤いものがあるっ。よーしっ、こいつを下れば、後は着いたも同然
だ。飛ばして行くが、途中にビバークしているかも知れないから、左右の雪面を良く観察して、
痕跡を見逃さないようにしろよっ。じゃあ、行くぞーっ」
言うが早いか、松永が新雪を舞い上げながら滑り降りて行った。晃たちも直ぐ後に続いた。
下り切った後は軽い登りになったが傾斜は緩やかだった。一行は、ヒールリフターを立て、登
高モードにした山スキーのビンディングから軽快な音を立てて、走るように先を急いだ。
「目印発見っ!」
いち早く目的地に立った松永が、振り返って叫んだ。
松永がストックの先で指し示す方に全員の視線が注がれた。
その緩斜面には、細いポールの先に結ばれた真っ赤な布が、鹿島槍ヶ岳の懐をバックに、穏や
かにたなびいていた。
「おーいっ、誰かいるかーっ」
松永が大声で呼びかけたが応答は無い。
全員が一斉に目印の下側に滑り寄った。
見上げた旗の下に雪洞の入口らしき痕跡が、僅かに確認できる。
スキーを外した晃が手前の雪を雪スコでどかし始めた。
他の隊員も手を貸そうとしたが松永が止めた。
晃が数回雪をどけると、雪洞が口を開けた。
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晃が頭から雪洞に飛び込んだ。叫ぶように両親を呼ぶ声が中からもれた。だが、それに応える
声は何一つもれてこなかった。ただ、雪洞から力無く露出した晃の二つの山靴が、内部の様子を
そこの全員に伝えていた。
父親は母親の頭を自分の頬の下につけ、身体をしっかりと抱きかかえて絶命していた。二人と
も凍死したとは思えない、眠っているように安らかな顔をしている。手袋を外した晃が二人の頬
に手を当てると、その冷たさは一瞬にして彼の全身を凍らせた。
晃の脳裏にこれまでの両親との思い出が一気に去来し、その中の全てが色を失い、そして、
光を失った。
意識を失っていた晃は、ヘリのエンジンの轟音とローターの舞い上げた雪片交じりの強烈な雪
煙を顔に浴び目を覚ました。心配そうに覗き込む五郎と辰彦の顔の直ぐ上空に、長野県警のヘリ
が青い機体を朝日に輝かせ、ホバーリングしていた。
そして、一際爆音が高まったかと思うと、ロープの先に毛布とネットに包まれた物体を吊り下
げ、滑るように反転して、下界へと遠ざかって行った。