雪の彼方へ (8)
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床にへたり込み泣き崩れていた大杉が、ふらふらと立ち上がって四人の方へやって来た。
大杉は夢遊病者のような顔で近づくと、晃と見詰め合った。
この男が山に登らなかったら、この男が無謀なことをしなかったら、この男がヘマをしなかっ
たら、この男がいなかったら、・・・晃の頭の中を様々な思いが駆け巡ったが、すっかり魂の抜け
たようになっている青年に、恨みをぶつけることは出来なかった。
大杉の目から再び涙があふれ、顔の筋肉が一気に崩れた。大杉は床にひれ伏し、まるで命乞い
をするかのように頭を床にこすり付けて詫び、泣きじゃくった。
文吉が大杉を仮眠用の部屋に連れて行くよう、五郎と辰彦に頼んだ。疲労と長時間の心労で、
歩くことさえままならない大杉の両脇を五郎と辰彦が支え、詰めていた隊員の案内で階下に
下りていった。
壁に張り出された遭難現場の地図と、自分の地図を見比べていた晃が、五郎と辰彦の荷物から
シュラフとマットを取り出し、自分のザックに詰めた。
「西オジ、俺も荷物を部屋に置いてくるよ」
そう言って晃は三人の後を追った。
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しばらくすると階下から隊員が先に戻り、少し遅れて五郎と辰彦も戻ってきた。
「晃は部屋にいるのか?・・・」 文吉が二人に聞いた。
「えっ・・・晃は部屋になんか来なかったけど」 辰彦が言った。
五郎が自分の荷物が小さくなっているのに気付いて、ザックの中を覗いた。
「俺のシュラフとマットが無いっ!」
「俺のも無いぞっ!」 辰彦もザックの中を覗いて言った。
「一階の出口から出たな・・・あいつ、行く気だぞっ。辰彦っ、ヘッデン(ヘッドランプ)持
って一緒に来てくれっ」
二人はヘッドランプを点灯させて、テラスに飛び出して行った。文吉も二人の後を追った。
この駅のレストハウスは二階にあり、テラスに付いている外階段でゲレンデに降りられるよう
になっている。
机に付いていた隊員が、ただならぬ様子にあっけに取られている。
テラスに出た二人は、両手を眉の上にかざして雪をよけ、下を覗いた。
下で吹雪の中に灯りの動くのが微かに見えた。
「いたっ!」
二人は雪の積もった階段を、雪崩落ちるように下った。
山スキーを装着しかけていた晃が気付き振り返った。
「頼むっ、行かせてくれっ。シュラフもマットも無しで朝まで放っておいたら、凍死させちま
うっ」
晃が叫んだが、五郎と辰彦がスキーを取り上げた。
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スキーを取り返そうと手を伸ばした晃を、横から飛び掛かった影が押し倒した。
文吉だった。文吉は晃に馬乗りになると両手で晃の頬を張り、叫んだ。
「晃っ、正気に返れーっ。こんな一寸先も見えない中に行って、辿り着けるわけが無いっ。今
は二人で生き抜いてもらうしか無いんだよっ。この上、お前まで遭難したら、どうするんだっ」
四人の上で猛吹雪が渦を巻いた。