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雪の彼方へ (6)

 大杉の伝えた情報と、昨日、下の駅で提出されていた登山届を照合して、救助のための連絡が
四方に飛んだ。緊急時の連絡先として記入されていた文吉のところにも電話が入った。晃は文吉
からの電話で事態を知り、山支度をザックに詰めて、直ぐにあずさで白馬に向かった。
 松本駅で大糸線に乗り換え、信濃大町駅に着いた時は午後七時を少し回っていた。
 駅のホームには友人で消防士の佐野五郎が待っていた。
 「五郎、すまんな・・・」
 「車は駅前に止めてある。スキーをよこせ、持ってやるから」
 それ以上の言葉は交わさず、二人は改札を出た。
 駅舎を出ると、タクシー乗り場の先で五郎の白いワンボックスカーが、吹雪にハザードランプ


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を滲ませていた。直ぐ脇に警察官が一人立っている。
 「お陰様でコンタクト出来ました。直ぐに五竜に向かいますので、失礼します」
 と五郎が言うと、その警察官は、
 「ご苦労様です。強風でゴンドラが使えませんから、上の駅には雪上車で登ることになると思
いますが、くれぐれも気をつけて」
 と言って、車の発進を誘導してくれた。
 吹雪に煙る商店街は両側のアーケードの中まで雪が吹き込み、行き交う人の姿はまばらだった。
 「何か新しい情報は入ったか?」
 ヘッドライトに照らされ、渦巻く様に流れていく雪を見つめて晃が聞いた。
 「・・・アルプス平駅より上部は大荒れで、救助隊は駅から出ることも出来ない状態らしい」
 ハンドルを握った五郎が、前方を見たまま答えた。
 「そうか・・・で、西オジは?」
 「西オジは、ずっと前に辰彦が乗せて行ったから、もう上の駅に居るはずだ」
 「辰彦も行ってくれたのか?」
 「ああ、あいつも山支度して行っているよ」
 佐野五郎、木村辰彦、そして晃の三人は小学生時代から続く遊び仲間だ。
 「問題は親父さん達が充分な装備を持っているかどうかだ・・・」
 「えっ!・・・装備を持っていないのか?」
 「・・・もしかしたら、持っていない可能性もあるって聞いただけで、とにかく上の駅に行っ


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てみないと、詳しい状況は分からないんだよ」
 あの慎重な親父が、お袋まで連れて行くのに、装備を持っていかないはずは無い・・・それも、
この台風並みの嵐の直前ならなおさらだ・・・じゃあ、なぜ持っていない可能性もあるなんて話
が出たんだ・・・それにしても、なぜこんな危険な日を選んで登ったんだ・・・晃はふと、以前
父親が自分に話した風景撮影のアドバイスを思い出した。
 ・・・シャッターチャンスに出会うためには、色々な変わり目に自分の身を置くようにするの
が基本だぞ。季節の変わり目、天候の変わり目、朝夕の変わり目・・・
 そうか、親父はこの低気圧の襲い掛かる直前の鹿島槍を、あえて狙ったんだ。親父は前から鹿
島槍には思い入れが強かった。それも特に遠見尾根からの鹿島槍には。とすると、なおのこと装
備や計画は万全で実行したはずだ。それがなぜ・・・。
 「どうやらお袋さんは足を骨折しているらしい・・・」
 五郎が言うに言えなかったことを、搾り出すように口にした。
 「骨折してるのかっ・・・」
 晃は目前に渦巻く雪の向こうに、猛吹雪の中で必死に生き抜こうとしている両親を思った。
 うねる様に横から叩きつける強風は、降雪ばかりか地表の雪まで巻き込み、国道148号線の
コンディションは最悪だが、幸い対向車も少なく、五郎はゆっくりだが順調に車を走らせた。
 木崎湖、中綱湖、青木湖の順に並ぶ仁科三湖の右脇を辿り、青木湖の先で、分水嶺の下のトン
ネルを抜けて白馬村に入った。
 神城集落の、かみしろ駅の直前で左折して大糸線をまたぎ、ペンション地区の左端を回り込む


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ように登って、スキーセンターのエスカルプラザの駐車場で車は止まった。
 二人はザックを背負い、山スキーを抱えてエスカルプラザの正面玄関に駆け込んだ。
 大きな建物内の二階ホールの一遇に、緊急の遭難対策本部が作られ、警察官が二名と数人の
関係者が集まっていた。その中の中年の男が立ち上がって二人を迎えてくれた。
 「佐野君、ご苦労さん。泉さんの息子さんですね、隊長の遠山です。これから私も上に行くか
ら一緒に乗って行ってください」
 その、北アルプス北部救助隊隊長の遠山という男と、北アルプス南部救助隊員でもある五郎は顔
見知りだった。

 三人がスキーセンター裏のゲレンデに出ると、回転灯を点けた雪上車が待っていた。
 雪上車は思いの外に速いペースで、吹雪のゲレンデをグングンと登って行った。

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