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隠し沢 (5)

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 「お次は塩焼きだ。今夜は名人のお陰で、岩魚三昧がいただけて嬉しいねえ」
 からかいながら晃が、柳の枝に逆さまに刺さった岩魚を手渡した。
 「岩魚は骨が柔らかいし、じっくり焼いたから丸ごと食べられると思うけど、頭の付け根が若
干硬いかも知れないな」
 と、晃は言ったが、歯の丈夫なジーノは一片も残さず平らげて言った。
 「こうやって焼くと、ひれまで美味しいんですねえ」
 「塩焼きも旨いが、こういうのはどうかな。これはさっきの刺身の岩魚だよ」
 晃は、頭と中骨と尻尾だけになった、尺岩魚の骸骨をアルミの食器に入れた。
 「この骸骨もじっくり焼いたから、いい味が出るよ」
 と言うと晃は、コッフェルで沸騰させた日本酒を岩魚の骸骨にかけ、蓋をすると、
 「岩魚の骨酒だ・・・身は付いてないけど、大きいから味は充分に出ると思うよ。しばらく蒸
らしてから、すすってみて」
 晃が骨酒を渡した。
 数分後、ジーノは酒とも吸い物ともつかぬ、熱い酒をすすった。
 「・・・頭や骨だけで、随分味が出るもんですねえ。これは酒と料理の真ん中みたいな酒?で
すけど・・・そうだ、ワサービを入れてみてもいいですかあ?」
 「骨酒にワサビか・・・思いつかなかったけど合うかもね、お好きなように」


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 ジーノが骨酒の中にワサビを散らした。
 「・・・辛味は消えましたけど、なかなか良い調和だと思いますねえ」
 「どれどれ」 受け取ると晃もすすった。
 「・・・いいね・・・ワサビの辛味はすっかり飛んで、代わりに魚のクセが抑えられている」
 「泉さんがやった、カジカと玉ワサビのお吸い物を思い出しただけですよ」
 「全ての料理もローマに通ずか・・・イタリア男、恐るべし、と言いたいところだが、日本男
児をなめるなよ」
 と言うと晃はコッフェルに、そば粉と水を入れて掻き混ぜた。それを手元に掻き寄せた熾(お)き火
にのせると、握り締めた数本の柳の枝を入れてゆっくり掻き立てた。初めはサラッとした液体が、
しばらくするとトロリと粘る様になった。
 「ここからが大和魂だ、見ておれ」
 晃が焚き火の熱で顔を赤くしながらもピッチを上げて忙しく掻き立てると、間もなく、ぽった
りした『蕎麦(そば)がき』が出来た。スプーンを使って器用にまとめ、形を整えると、そこに
テルモスの熱い湯を注ぎ、ジーノに渡した。
 「これは『蕎麦がき』っていう大昔からの食べ物さ。簡単に出来る割には美味いんだよ。箸で
千切ったらワサビをのせて醤油で食べてくれ。箸が難しかったらスプーン使って」
 「ソバガキ(・・・・)ですかあ?」
 ジーノは得体の知れない地味な料理を恐る恐る口に入れた。
 「美味しーいっ!・・・この感触、たまらないですねえ。粉と水だけで、こんな料理が出来る
んですかあっ、しかも、あっという間に。ワサービと、とても仲良しですねえ」


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 「これはスープや味噌汁に入れても美味いし、汁粉に入れても美味い。応用無限の料理だよ」
 と、言うと、晃は別のコッフェルで再び蕎麦がきを掻いた。蕎麦がきが出来上がると、晃はそ
のコッフェルと数本の柳の枝を持って水辺に行った。流れに手を入れて冷やすと、蕎麦がきを一
握りずつ掴んでは、枝の先に細目の五平(ごへい)餅(もち)の様に握り付けた。
 戻ってきた晃は、そのそば(・・)五平(・・)を焚き火にかざして焦げ目をつけ、ジーノに手渡した。
 「そば五平だ。これもワサビ醤油でやってみて」
 渡されたそば五平からは、一段と食欲をそそる香りが立ち昇っていた。
 「本当だ。表面を焦がしただけで、随分違った魅力が出るもんですねえ。蕎麦がきを覚えれば、
応用は無限ですねえ」
 「そうさ、油で軽く揚げてもいいし、パンやパスタの代わりに使ったり、デザートに使ったり、
想像力次第で無限だよ」
 「イタリアにもそば粉を使った料理はありまーす。『ニョッキ』とか『ピッツォッケリ』という
パスタの仲間とか・・・『ポレンタ』というトウモロコシ粉の料理を、そば粉で作った場合に似た
感じのものが・・・いえ、やっぱり似ているとまでは言えませんねえ。こんな短時間で出来てこ
の食感と、この応用バリエーション・・・こっれは絶対に覚えておかないといけませんねえ」
 ヨタカがまた鳴いた。
 ゴウゴウと響く水音に包まれ、夜は美味しくふけていった。

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