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田舎のおもてなし (6)

 晃が続けた。
 「だけど、最近の日本人の食べ物に対する感性は、『だった』と過去形にした方がいいかも知
れないな。旨(うま)みが濃いとか薄いとか、味の強弱ばかりにこだわって、直ぐに科学調味料で
調節するし、見た目も派手になれば勝ちみたいに、金箔のせた料理に感動したりして、味の風景
なんて言ったら、何それ?って言われちゃう時代だから」
 「でも、まだ風景のある食べ物も残っていまーす。それを美しいと感じる人も残っていまー
す・・・私、今度の仕事は、その考え方、その感じ方、そういう食の文化を復活させる切っ掛け
にしたいですね」
 「それに、美しい風景や、いい関係を持っている食材や料理は、実際美味しいものが多いしね。
題して美味風景か」 晃が言った。
 「風景のある味か・・・いいねえ。これからは俺たちも、その風景のある味とやらを意識して
楽しんでみるかな。なあハル」
 「西オジ、ここの二人が毎日してる食生活を、風景のある味って言うんだよ。ねえジーノさん」


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 「その通りです。これからの日本は、こういう味の景色を描ける人や、感じられる人を増やし
ていくのが、とっても大切だと思いますです。私、そういう仕事をしていきたいですねえ」
 「こそばゆいけど、なんだか嬉しくなっちゃうねえ。ねえっ、文さ・・・」
ハルが赤い顔で言った。
 「今日、ワサービ料理を沢山体験させていただいて、思ったのですが、ワサービの香りは色々
な料理の景色を、びっくりするほど豊かにしてくれるんですねえ。ワサービの一番大切なのは辛
味じゃないですねえ、本当は香りの方が大切だと思いまーした」
 「ほんとにジーノさんは日本が初めてなのかい・・・俺の親父と同じこと言ってるよ。俺の親
父の口癖が・・・ワサビが辛いのは当たり前だ。ワサビの良し悪しは香りだぞ・・・だよ」
 文吉は驚いた顔でそう言いながら、お勝手に行った。
 文吉はしばらくお勝手にいたが、色々盛り込んだ大皿を二枚持ってきて言った。
 「ハル、お前が全部切ってくれてあったから、勝手に盛り込んできちゃったぞ」
 「そりゃ気が利いてたねえ。じゃ、炭火焼きだから適当に焼いてもらうかねえ」
 大皿を二ヶ所に置いた文吉が、炭火の上に長方形の五徳(ごとく)を据え、大きな金網をのせた。
 「西オバ、材料の説明してあげてくれるかなあ」 晃が頼んだ。
 ハルは大皿の上に盛り込まれた材料を一つ一つ指差して説明した。
 「これがアカリコ、大きくなるキノコで夏の終わらないうちから始まる。隣りがハツタケ、こ
れもわりあい早くに出るキノコで、この二つが沢山採れてるうちは、マツタケは始まらないね。
どちらも焼くと美味しいキノコだよ。この辛味大根のオロシに生醤油たらしたので食べたらい


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い・・・これは二人が獲ってきた銀ケイ山女魚。この銀ケイは、さっき文さがジョオッタ時(下
処理した時)、包丁に吸い付くほどネットリしてたそうだから、塩焼きが一番だと思うよ・・・
で、これはウナギ。ちょっぴりしかないけど、白焼きでワサビでもいいし、蒲焼のタレなら、ほ
れ、そこにあるから・・・それでこの肉とモツはうちで飼ってたニワトリ。この鶏は卵少ない代
わりに味はいいからね。これは昼過ぎに、文さがジョオッタやつだから、生でも大丈夫なくらい
新鮮だよ。塩焼きにワサビも合うけど、このタレと七味でもいいし、ま、お好みでね。じゃあ文
さタッチだよ」
 と言うと、ハルが再びお勝手に立った。
 三人が焼き物に夢中になっているところに、ハルが味噌汁を持ってきた。
 文吉が味噌汁の中身を確めると言った。
 「ジーノさん、これがさっき一寸変わったものって言ったヤツだよ。タニシっていう名の巻貝
だが、これも田んぼで獲れるんだ。味噌汁に良く合うから食べてみて」
 勧められてジーノがすすった。
 「・・・これは一番風景があるかも知れないですねえ。いかにも田んぼ、ですねえ」
 「タニシのクセと自家製味噌のクセが愛称抜群で、昔から『うまいもんだよタニシの味噌汁』
って言われているんだよ。この味噌汁食べたら日本通も、かなりうるさいレベルだな。相当ロー
カルだけど」 と晃が言った。
 「田んぼは米を作るところとしか知りませんでーしたが、色んなものをくれるんですねえ」
 「田んぼがくれるのは他にもあるよ。夏には蛍(ほたる)の光も楽しませてくれる。米粒を落とした


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後の茎はワラっていって、農家で使う色々な物を作る材料になるし、米の外皮の籾殻は燃料に
なるんだ」
 言いながら晃は、子供の頃のここでの暮らしを思い出していた。
 「田んぼって凄いなあ。田んぼのある暮らしって贅沢な暮らしなんですねえ」
 「ただし、持ち主と良い関係の田んぼならね」 と晃が言った。
 「じゃあ、田んぼの景色と一緒に、この畑の秋景色も見ておくれ」
 と言ってハルが、間引いた大根と、秋ナスの塩もみを出した。大根はまだ成長を始めたばかり
の、スプラウトに毛の生えた程度のミニチュアサイズ。一口食べた晃が
 「・・・見える見える、ほんとに見えるよ・・・秋の入口だ。畑、ススキ・・・」 と言った。
 「そうなんだよ。私等も、この間引き大根とナスの塩もみ食べると、ああ、また秋に入ったな
あ・・・お彼岸も近いなあ・・・お祭りも近いなあ・・・って、無性に思っちゃうんだよ。この香りが
そう思わせるのかなあ、文さ」 とハルが言った。
 「そうだな、これ食べると、かなりはっきり見えるから不思議だな・・・それから俺は、親父
やお袋の顔が見えてきちゃうかな・・・」
 と答えた文吉は、囲炉裏の中に立て掛けてあった二本の青竹に手を当てると、
 「そろそろ燗(かん)がついたようだ。ハル、ぐい飲み置いてくれ」 と言った。
 ハルが青竹で作ったぐい飲みを、文吉の前に並べた。
 文吉が酒を注ぐと、かぽっ、かぽかぽっ、と音がした。かっぽ酒だ。
 「酒に青竹のエキスが溶け込んで、いい味になるんだよ」 と文吉。


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 「これは、日本酒が入ってたんですかーっ!」
 ジーノがまた、セルフタイマーで乾杯の記念写真を撮った。
 モニターに写った画像を文吉が覗き見た。
 「こーらっ晃、俺の顔の真ん前にぐい飲み出して。ジーノさん、悪いがもう一枚頼む」
 再び四つの顔と、前に突き出したぐい飲みが、デジカメのフレームいっぱいに並んだ。

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