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田舎のおもてなし (5)

 文吉が黒い漆器の椀にだし汁を張ると、晃が、何やら半透明の、うっすらと緑がかった小さな
玉を三粒ずつ入れた。
 「はい、肝吸いおまちどうさん。ウナギの肝は二つしかないから、ジーノさんと西オバでやっ
てくれ。西オジと俺は銀ケイのワタで同じのを試すから。ところで、その中の薄緑の玉は、オロ
シワサビを丸めてクズ粉に転がしたものだけど、食べる時に箸先で割ってから食べるんだ。やっ
てみて」


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 文吉も一旦炉端に戻り、この奇妙な新しいやり方を試食した。
 「中のワサビまで熱が入らないように、湯をくぐらせただけだからね」 晃が付け加えた。
 椀の中の三粒の玉を銘々が箸先で割ると、現れたワサビがフワリと散った。
 「あー、いい香りがする・・・汁が熱いから辛味は飛ばされて仄(ほの)かだけど、この料理には似合
っているね。それに一花添えたって言うか・・・楽しいよね、吸い物が」
 一口すすったハルが言った。
 「西オジ、この出し汁、何で取った?」
 「出しはカジカの焼き干しだ」
 「どうりでいい味出てる」 
 「ということは・・・天然ウナギの肝に天然カジカの出しでお吸い物・・・贅沢ですねえ、天
然食ですねえ」
 「晃、良くこんなやり方、思いついたなあ」 文吉が感心した顔で言った。
 「違う違う。前に仕事で行った懐石料理屋で教わったんだよ。このやり方は『玉ワサビ』って
いって、昔からあった料理の一つなんだってさ」
 「へー昔からねえ・・・私等なんかワサビ作ってたって知らなかったけどねえ。でも、いいや
り方教わって良かったよ」 ハルが言った。
 「この料理も景色がありますねえ・・・私、日本の料理が大好きですが、おいしい日本料理食
べた時、いつも色々な美しい景色が見えてくるんですよ」 ジーノが言った。


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 「ジーノさん、美味しいっていう字は・・・こういう風に書くんだよ」
 晃が手近にあったウラジロに書いてみせた。
 「・・・こう書くんですかあ。まだ私、ひらがなとカタカナしか書けないんでーす」
 「この二つの漢字だけは覚えた方がいいよ。特にジーノさんは」
 「・・・・・?」
 「こっちが美しい、こっちが味。合わせて美味(びみ)とも読むけど、しい、を付けると美味(おい)しい、
い、だけ付けると美味(うま)いになる」
 「解かったっ!・・・日本で美味しいっていうのは、美しい味・・・美しい景色を思わせる味
なんだ」
 「日本人だけじゃないとは思うけど、特に日本は四季のメリハリがあるせいか、食べ物を、景
色として感じる国民性が強いと思うよ。ただ、その景色っていうのは、とても幅広いものを含ん
でいるけどね」
 「解かりまーす。日本ほどではないですが、そういう感じ方はイタリアにもありまーす。日本
の料理の楽しみ方って、俳句と似てませんかあ?」
「ジーノさん、俳句、解かるの?」 晃がたずねた。
 「はい、漢字は使えませんけど、ちょっぴりかじりまーした。俳句は必ず季語を一つ入れるじゃ
ないですか。日本は料理に季節や風景を入れたり、その微妙な入れ方を楽しんだりする様に思
えますね」 
 「・・・俳句と似てるか。そう言われれば確かにそんな・・・うん、だから日本人は、旨いと感じる


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時の回路の中の、舌や鼻や目といった五感のセンサー以上にハートのセンサーを使う・・・
ま、言い換えると、食べ物の風景を大切にする特性があるかな。そうだよ、ジーノさんが言って
いた、関係を大切に食べるんだよ、日本人は・・・」
 そう言いながら晃は、今の自分はだいぶ違ってしまったと思った。

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