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田舎のおもてなし (4)

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 「あれか!・・・猿?」 と小声で晃。
 「そう、猿」 と文吉も、小声で答えながら部屋を出て行った。
 ハルが三種の「ワサビ葉寿し」を持ってきた。
 「はい、今度はワサビ葉寿しだよ。これがワサビの茎漬けをのせたもの、これが野菜の味噌漬
けとゼンマイとベニショウガ、これがウナギの蒲焼にオロシワサビ」
 そこへ何やら大事そうに抱えた文吉が戻ってきた。
 「猿酒(さるざけ)かい・・・何をこそこそやってるかと思えば」 とハル。
 文吉は小さめのグラスを四つ並べて、赤ワイン風の液体を注ぐと小さな声で、
 「こそこそ飲(や)るから美味いんだよ。去年仕込んだ猿酒だ、味を見てくれ」 と言った。
 「ワインと似ていますが・・・猿酒って何ですかあ?」 ジーノが聞いた。
 「野生のヤマブドウを採った猿が、隠しておくうちに発酵して出来たワインさ」 と晃。
 「ほんとですかあ?・・・飲んで大丈夫ですかあ?」
 「頭の白い猿ですよ」 とハルが文吉を指差しながら、お勝手に戻った。
 「なーんだ、そうですかー」
 と、ジーノはグラスに鼻をかざしてから、赤紫の液体を口に含んだ。
 「・・・ワーォッ、野生的だけどしっかりワインになっていますねえ・・・お昼のホンシメジの山景色が、
一段と膨らみまーした。今、見えている景色と、実際の景色を比べてみたいものですねえ」


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 「明日、比べられるよ。それより、あなたもこれで共犯だよ。ワインを勝手に造ったり、それを
飲んだりしたら違法だからね。今、警察に踏み込まれたら明日のニュースに流れるよ、国際密
造酒団摘発ってね」 晃が言った。
 「でも、この味を覚えちゃったら、止められませんよねえ・・・でも、これは絶対内緒でやら
なきゃいけない楽しみですねえ」 ジーノがますます小声で言った。
 「だから、いっそう美味しくなる。さあさあ飲んでください」 文吉が勧めた。
 しばらくすると、
 「猿酒なら、ジーノさんにいただいた、これを一緒に食べてみなくちゃねえ」
 と言ってハルがヤギのチーズを持ってきた。
 「チーズの下に敷いたのは『おやき』の生地だよ。チーズをのせた後で、もう一度炙ってなじ
ませてみたが、相性が良いと思うんだけどねえ」
 「合う合う、出会いの妙だね」
 「ハル、やるじゃないか。これは相性がいい」
 「チーズもびっくりですよーっ。まさか日本でこんなに気の合う相手とめぐり会うなんて」
 「ハル、次の料理はなんだや」
 「はいはい、次の料理は・・・ウナギの肝吸いで・・・コンニャクの刺身で・・・キノコやナ
スや魚をその囲炉裏で焼く、かな」
 「そうか、それなら俺でも出来る・・・こんどは、お前がここで飲んでろよ」


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 「代わってくれるだかい、嬉しいねえ」
 ハルが座った。
 文吉は勝手を知った風に肝吸いを作りながら、コンニャクを切り始めた。
 「俺もちょっといたずらしてくるよ」
 と言って晃もお勝手に下りて行った。晃はお勝手で文吉と二言三言交わすと、何か細かそうな
作業を始めた。
 ハルはジーノに勧めながら、自分もいい調子で飲み始めた。
 「この、おやきの生地は生坂村の友達に教わった『灰焼きおやき』の生地だけど、赤ワインや
チーズと、とっても良く合うねえ。粉も生坂の地粉で、かなりクセのある粉だけど、かえって良
かったみたいだね」 
 と、ハルがお勝手の文吉に声を掛けた。
 「うん、その固くてクセのある生地ならではだな・・・ハル、俺の分、少しは残しておけよ」
文吉が心配そうに言った。
 コンニャクの刺身にオロシワサビを、こんもりと添えて持ってきた文吉は、その皿を置くと、
ついでにウナギのワサビ葉寿しを一つ、自分の口に放り込み、生ビールで満たしたグラスを持っ
てお勝手に戻った。
 「ジーノさん、そのコンニャクは九十七パーセントが水だよ。それを水の精のワサビで食べる
んだ」  お勝手から晃が言った。
 ジーノの横で、ハルがしきりにコンニャクなる珍奇な食物の説明をしている。
 「ちょっと皆さん、聞いてくれるかな。俺、なかなか良い俳句を一句ひねったよ。えーと・・・


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こんにゃくや水とワサビでふくを越え・・・なんてどう。ふくって河豚(ふぐ)だよ、なかなか名句じゃ
ない。季語の入れ過ぎだけど、ま、サービスってことで」
 お勝手の晃が盛り上がってきた。
 「うん、なかなか言い得て妙だが、そんなのなら俺にも出来るよ・・・いいか・・・婚約や木
曽の娘とふく迎え・・・どうだ、こっちの方が名句だぞ」
 文吉にも酒がまわってきた。
 「そんなの俳句じゃないよ。それに、何か盗作されたような・・・」 晃が言った。
 ハルが自分の出身は木曽だと、ジーノに説明している。
 「それにしても、水が刺身になるんですねえ・・・やっぱり水の国だあ・・・」
 とジーノが言った。

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