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田舎のおもてなし (3)

 「あー美味しい・・・田舎料理で恥かしいけど色々出すから、いっぱい食べてくださいよー」
 ハルは飲みかけのビールのグラスを持って、お勝手に戻った。
 「ジーノさん、先ずはスガレからどうですか」 文吉が勧めた。
 「それじゃ早速スガレからいただきますです・・・・・んーん、これは夢中になって獲るの解
かりますねえ。香ばしい濃厚なナッツみたいな・・・上等な焼き鳥のどこかの部位にもあったよ
うな・・・塩味が合いますねえ、これが山里の秋ですかあ」
 「ほんとに解かるのかねえ、この珍味の微妙な風景が」 晃が言った。


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 「解かりますよーっ、林の中をオジサンが目を吊り上げて、待てーって追いかけてるのが見え
ますよーっ。それに効いてきたみたい・・・」 ジーノが腕を持ち上げてみせた。
 「効いてこなくていいから、イナゴも食べてみて。イナゴは醤油と砂糖で甘じょっぱくなって
るよ」 晃が言った。
 「これがさっきのイナゴですかあ。料理されるとだいぶ見た目が変わりますねえ、佃煮みたい
ですねえ・・・・・スガレと味付けが違うのに、後味に似たような旨みがありますねえ。田んぼ
っていいですねえ・・・お米以外にも美味しいものがとれて」
 「田んぼがくれるのは、米やイナゴばかりじゃないんだよ。その枝豆も田んぼの畦で作ったも
のだし、春にはナズナが採れる・・・後でちょっと変わったものを出してやるよ」
 文吉が言った。
 「・・・・・枝豆って、ご馳走なんですねえ。この間、隣りで飲んでた人が、枝豆とビールは
良く合うって教えてくれまーしたが、ぴんとこなくて・・・これなら解かりますねえ」
 枝豆を口にしたジーノは、美味そうにビールを飲み干した。
 「ここの豆は無農薬で、収量も無視して作っているから、味が濃いんだよ」 晃が言った。
 「農業のプロが見たら、これしか取れないのかって笑うかも知れないがね。うちはこの豆で味
噌も作るから、豆がまずかったら一年中まずい料理食べることになっちゃうからね」
 「オジサンは、味噌も自分で作るんですかあ?」
 「この家は、味噌どころか醤油まで自分で造ってるよ。それに醤油を造る時の材料だって大豆
はもとより麦も自家栽培。自家製でなくて買う材料は塩だけだね」 晃が言った。


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 「味噌も醤油も自家製なんですかあ・・・」
 「味噌や醤油だけじゃないよ。米や他の野菜も、春の山菜から秋のキノコ、魚も獲って来るし、
そうだよ、昼のテーブルに載っていたのなんか、全部自家製ばかりだ」
 晃が自分のことのように自慢した。
 ジーノの目が潤んできた。
 「私、本当のこと言って、昨日までは日本に来たことを後悔していまーした。来る前に思って
いた日本と、来て実際に取材し始めた日本がとても違っていて、私の思っているような仕事をや
っていけるのか、自信が無くなりかけていまーした。でも、今、安心しましたですね。これなら
必ず出来るって思えまーした」
 「ジーノさんは大袈裟だよ。今でこそ少ないかも知れないが、少し前の田舎じゃほとんどの家
が、こうやって暮らしていたんだよ。だから、そうしたいって思いさえすれば、直ぐに出来る人
が、その辺に幾らでもいるよ」 戸惑い顔で文吉が言った。
 「西オジ・・・やっぱりここは特殊だよ。そうしたいって思えば直ぐに出来ることでも、その
立場の人が何百万人いても、本気で思う人は、もう、ほんの一握りだと思う。言い過ぎかも知れ
ないけど、農家が土に触れずに農業をやりたいとか、消費者が骨の無い魚じゃなきゃ食べないと
か・・・世の中、養殖人間化するのが進化って考えてる時代だから、ここの二人みたいな天然人
間は絶滅危惧種みたいなもんさ」
 「貴重といえば・・・貴重なものを出すのを忘れていたよ」 文吉が膝を打った。

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