FOTOFARM信州

田舎のおもてなし (2)

 「ジーノさん、夕食の用意が出来たそうだけど」
 風呂を済ませた晃が玄関側から声を掛けた。
 「泉さん、カメラ持って行ってもいいですかあ?」
 「どうぞどうぞ」
 玄関を横切り納戸の脇の短い廊下を抜けて、おえの間(囲炉裏のある居間兼食堂)に入った。
 床を板張りにしたおえの間の中央の囲炉裏で、文吉が炭火の世話をしている。
 
 
                                                          87
 その部屋の向こうは土間のお勝手で、間仕切りは無く部屋続きになっているが、おえの間より
一段低くなっている。お勝手の中央には配善台があり、上に並んだ器には、すでに料理の盛り込
まれたものもあった。
 「西オジ、ジーノさんが色々と写真を撮りたいらしいんだけど、かまわないよねえ?」
 「ああ、いいどころじゃない(もちろんいいよ)。出来りゃ、このジッサとババサも撮ってもらえりゃ、
なお嬉しいんだけどなあ。なあ、ハルッ」
 「そうだね。うちの身内にゃ、写真撮れる人なんかいないもんだから、自分達の写真がろくに
無くて、もし急にポックリいったら葬式の写真、困るよねえって言ってたとこさね。なあ、晃」
 ハルが意地悪を言った。
 「俺、ビール取って来るよ」
 晃は苦笑いしながら勝手口を外に出ると、水舟に長いこと浸けてあった、二リットル入りの缶
生ビールを取って来て、サーバーにセットした。
 「晃、皆のビール注いでくれるか」
片手鍋に入れた蜂の子を炭火で炒りながら文吉が頼んだ。
 「おっ、ジーノさん地蜂(じばち)だ、例のスガレだよ」 晃が右腕を突き上げながら言った。
 文吉が揺する手鍋の中で、大きなご飯粒ていどのクリーム色の幼虫が沢山転がっている。
「これがスガレですかあ・・・成虫になりかかったのも混じっていますねえ」 
 「そう、その幼虫と成虫の間くらいなのが特に美味いんだよ。さっきまでは、西裏の木箱に住
んでいた可愛い奴らだ」 文吉が言った。


                                                          88
 「さっきまで、生きていたんですかあ?」
 「西裏で一緒に生活していた家族だよ。後、二家族残っているけどね、あれとお別れするのは、
お祭りの時の予定だ」
 「西オジは、スガレの巣を毎年早くに捕ってきて、木箱に入れて飼っているんだよ。そうして、
巣が大きくなった頃合いを見て収穫するんだ・・・残酷なジイサンだねえ」
 「その残酷なジイサンの上前を、いつも狙っているのは誰だよ」 文吉が返した。
 「餌は蜂が自分で運んでくるんですかあ?」
 「うん、自分で運んでも来るが、やっぱり手を貸してやった方が早く大きくなるな・・・川魚
なんかを針金に刺して、巣の近くに吊り下げとくんだよ。少しずつ千切っては抱えて運んで、そ
りゃ可愛いもんさ。時には豚のレバーなんかもくれてやる」 文吉が言った。
 「いずれにしても、野山で野生のスガレの巣を見つけなくちゃ始まらないことだけどね。餌で
おびき寄せて、目印を付けた餌の切れ端を、上手く抱えさせるんだよ。そいつが飛んで帰るのを
目印目当てに追いかけるんだけど、ひとたび追跡を始めたら、原野であろうと森であろうと、突
き抜けて追いかけるんだ。子供の頃は、よく獲りに行ったものさ」
 「誰に教わったんだ・・・」
 「ハイ、文吉先生です」
 「ジーノさん、もう、とにかくこいつは、こんなに小さい時から、魚取りでも、キノコ取りで
も、スガレでも、どこへ行くにもくっついて来て困ったもんさ。当時はバイクのケツに、竹で編
んだ四角い篭(かご)を縛り付けて、その中からこいつが頭だけ出して乗ってたけど、その顔が見え


                                                          89
なきゃ、よその人も『おや、今日は乗っていないだねえ』って心配するくらいさ。しかも、今日は子
供連れじゃ危ない所だから、また今度な、なんて言ったらもう大変、泣き脅しが凄まじくてな」
 「スガレ・・・そろそろいいんじゃないの?ビールの泡も消えちゃうし」 晃が言った。
 「よし、出来たっと。ハルッ、乾杯するぞっ」
 「はいよっ、お待たせ。先ずはイナゴと枝豆、乾杯乾杯と。ジーノさん、後で写真撮ってちょ
うだいね」 料理を持って来たハルが言った。
 「それじゃあ早速、乾杯から撮りましょうか。皆さんグラス持っていてくださいね」
 ジーノはコンパクトデジカメを薪ストーブの上に置いて、セルフタイマーをセットした。
 「カンパーイッ」 この家の居間に、久々賑やかな声が響き渡った。

«田舎のおもてなし (1) 田舎のおもてなし (3)»

当サイトすべてのコンテンツの無断使用を禁じます。
Copyright (C) FOTOFARM信州