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田舎のおもてなし (1)

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 西の家に戻ってくると、晃は田んぼの間の私道で自転車を降りた。
 「ジーノさん、イナゴだよ」
 「あの昆虫ですかあ?」
 「あれがイナゴっていう昆虫で、稲の害虫なんだけど、食べると美味しいんだ」
 「美味しいんですかあ?・・・イタリアにも似たような虫はいますが、美味しいなんて、聞いたこと
ないですねえ」
 「美味しいよ。よく見てみなよ、沢山いるから」
 「本当だ、沢山いるじゃないですかあ・・・捕まえないんですかあ?」
 「今、捕らなくても今夜必ず食べられるよ、保障する」
 「ああ、オジさんやオバさんが、もう捕まえてあるんですねえ」
 「そう。イナゴはこの時期の定番さ・・・特にここの田んぼは無農薬だから、イナゴはいくら
でもいるよ」
 二人は再び自転車にまたがり、庭の方へ行った。


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 「ただいまーっ」
 「おうっ、おかえりーっ」
  水舟の背棚と軒(のき)の間に文吉の顔が見えた。蔵に自転車を入れた二人が行ってみると、
水舟の三番槽の上に板を渡して、ウナギを割こうとしている。
 「おーっ!、ウナギかーっ・・・いい形だねえ」
 「おととい、万水川の蛇篭(じゃかご)から抜いてきたやつだ。あいにく二本しか釣れなかったが、
口には入るからな」
 「嬉しいなあ、向こうじゃ養殖物しか食べられないからね。手伝うかい?」
 「手伝ってもらうほどウナギがいないよ。それより風呂に入って来い」
 と言っている間にも文吉は一匹目をまな板にのせた。
 ジーノはコンパクトカメラを構え、珍しい光景に見入っている。
 ウナギは暴れようとしたが、出刃包丁の刃元でブツッと首の付け根に切り込みを入れられて仮
死状態になった。文吉は目釘を打つと包丁の切っ先を切り込みに入れ、切っ先を背骨の上に沿わ
せると、左手で切っ先とウナギを隠すように押え、一息で尾まで引いた。包丁表で尾から頭の方
になでると、背開きされたウナギの身が開いた。文吉は内臓を除けると、寝かせた包丁の刃元を
背骨の下に入れ、背骨だけを剥ぎ取るように尾まで引いた。さらに腹骨をすき取り、背びれと腹
びれを外すまで、一分とかからない早業だった。

 
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 風呂を済ませたジーノは客間で一人になった。障子越しの光が青みを帯びている。室内は薄暗
かったが、あえて明かりを灯さずに、和風の青い空間に身をおいて、自分が今ここに居ることの
縁の不思議を思った。
 座布団を枕にして畳の上に横になると、今しがた見せられた写真のことを考えた。その長峰山
山頂から撮影したという写真は、北アルプスを入れずに、平野部だけを切り取ったものだった。
逆光線で撮影されていて、まるで光のキャンバスに細密な影絵をかぶせた様な作品だった。街も
民家も森も道も堤防も橋も畦も、山里の一切合切が影絵で、その影絵が光のキャンバスを微細に
仕切り、平野を覆い尽した無数の水田と、その中を蛇行する大小無数の川を描き出していた。
 ジーノはその写真の国に、強い好奇心を覚えた。

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