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父の足跡 (2)

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 「聞いていないのか・・・実はねえ、水祭りの発起人は源さんなんだよ」
 「・・・ぜんぜん知りませんでした」
 「昔の話だけどね。安曇野の市町村が団結して、環境や景観に取り組めるような祭りは出来
ないものかって思い立ってね・・・祭典委員会に諮ったりしたんだが、なかなか良いアイディアが
出なくて、たまたま源さんと飲んでる時に、その話しをしたら『安曇野の住民は一人残らず犀川の
水の家族なんだから、その水への感謝と、恵まれた水環境の持続を願うような[水祭り]なら、
安曇野全体の住民意識をまとめられるかも知れないよ』って言って企画してくれたのが、あの祭り
なんだよ。以来、二十年近く続いて、今では安曇野の市町村が協力して開催する、大切な祭りに
なっているんだ。たぶん、この先も何百年と続く伝統の祭りになると思うな。いや、と言うより私の
思うには、先の時代に行くほど、この祭りの意義は意味を持ってくると思うな」


 神社からの帰路、二人は川合集落を流れる幅三メートルほどの川に掛かった石橋の、川下側の
縁に座り、ぶら下げた足の下すれすれを流れる透明な水を眺めていた。
 「『水祭り』ってどんなお祭りなんですかあ?」 
 「一言で言っちゃえば、水への感謝と願いの祭りかな。秋の『お水迎え』と『お水返し』、それから、
春の『お水迎え』で構成されているんだ」


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 「もう少し具体的に教えてください、どんなことをするんですかあ?」
 ジーノがポケットノートを開いて質問を続けた。
 「もうジーノさんもご存知の犀川橋の所は、安曇野も含めて松本盆地を潤してくれた後の全ての
水が交わる所だよね。秋の『お水迎え』は、働き尽くしてくれた水を、その合流点で汲んで穂高神
社に運び、感謝の神事をする祭り。『お水返し』は、その水を奥宮(おくみや)のある上高地の明神池
(みょうじんいけ)に運び、池の中に返して、再び多くの命を育てられる活力をつけて、安曇野に戻っ
て来てくださいって、お願いする祭りだよ。明神池に水を返す時は、二漕の木舟に平安装束の神官
や巫女(みこ)が乗り込んで、雅楽(ががく)を奏でながらやるんだけど、その優雅な平安絵巻の様子
と、池の直ぐ背後に荒々しくそそり立つ明神岳が対照的で、独特の世界が出現する。それから春の
『お水迎え』は、安曇野が最も水の恩恵を受ける五月に、神社の水場を神の井戸として祀って、再び
戻って来てくれた水をお迎えして、感謝の神事をする祭りだ。その水場が祀られている期間中に、
水の恩恵を求める住民は、その水場で御神水を汲んで来て、自分の家族に飲ませたり、水田や
ワサビ畑や養魚場に注いで御利益を願うというものなんだ」
 「すごい・・・水の大循環ですねえ。でもその祭りは安曇野だけじゃなくて、松本盆地に生きる
全ての生命に関わるのでは、ないのですかあ?」
 「だから最近は松本市も協力してくれているみたいだよ」
 「環境保全や景観問題への意識改革を、犀川の水の家族という独特の水の関係で共有化させ
る仕組みなんですねえ・・・しかもそれが定着すれば、今でいうブランド化に結びつくから、経済の
後押しにもなります」


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 「環境や景観で親父と議論した時、『今までの安曇野は、昔の人たちが築いてきたものや
大自然に寄生して、食いつぶしていくような観光開発をしてきたが、これからは風景や環境や
自然を健康にすることが糧になる時代だ』って言ってたけど、それで水祭りを考えたのかな・・・」
 「泉さんには悪いけど、やっぱりお父さんに会ってみたかったです。会って色々お話して、
お父さんが水の向こうに何を見ていたのか、知ってみたいですねえ」
橋の下からマスが尾びれをのぞかせたが、二人の影に驚き、慌てて橋下に戻った。

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