もちつき (3)
餅搗きの音が止まった。
「ほとんど、搗き上がったが、ジーノさん、ちょっと搗いてみるかね?」
と文吉が声をかけた。
「えーっ、私がですかあ・・・は、はい、やらせてくださーい」
ジーノは文吉から杵を受け取った。
「こんなに重いんですかあ・・・できるかなあ」
「大丈夫、大丈夫。最初は、そうっと搗いて、徐々に強くすれば直ぐに要領が解かりますよ」
文吉に励まされてジーノは杵を持ち上げたが、杵も身体もよろめいている。
「はいっ」、とハルが声を掛けた。ペトン、杵が遠慮がちに落ちた。ジーノが再び杵を持ち上
げようとしたが、餅に張り付いて上がらない。文吉が手を取って要領を教えた。餅を返しながら、
またハルが「はいっ」、と声を掛けた。ペトン、「はいっ」、ペトン、「はいっ」と、ようやく餅搗
きらしくなった。
「はーいっ、ストップ。こんなところで充分でしょう」
息の切れたジーノを見かねてハルが声をかけた。
「晃、そこのお椀に具と汁をよそってくれるかい」 ハルが言った。
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晃はお勝手に行き、火に掛けてあった汁の鍋を運んでくると、テーブルに置かれていた、下茹
でされた青葉とシメジ、ニンジンや栗などを入れ、汁を張った。
「ホンシメジか嬉しいねえ」
と、言いながら晃は四つのお椀を盆に載せ、ハルのところに持っていった。
「初マツタケを食わしてやりたかったが、あいにく採れなかったんだよ。まあ、味シメジって
ことで勘弁だ」 文吉が言った。
「色々な味で食べてもらいたいから、少しずつにしておくよ」
と言うと、ハルは臼の餅を千切ってお椀に入れた。
東屋のテーブルには、穂をつけた数本のネコジャラシと白いそばの花が一枝、茶褐色で素焼き
のポタリとした二合徳利に生けられ、横に転がって口を開けている二個のアケビの紫と似合って
いる。晃がそのテーブルの四方に雑煮の椀を置くと、
「さあ、温かい内に食べてちょうだいね」 水舟で手を洗っているハルが声を掛けた。
ジーノがお椀に鼻をかざすと、秋のひなびた香りが、ふわりと頭の中に入り、思わず目を閉じ
た。するとまだ歩いたことも無い安曇野の森の中が見えたような気がした。そして先ほど阿吽(あうん)
の呼吸で餅を搗いていた、文吉とハルの姿が見えてきた。
ジーノは先ず、その風味の主役らしきキノコから箸を付けた。
「・・・美味しい・・・いかにも天然という香りですねえ。安曇野の森の中が見えまーした。
このキノコの名前は何と言うのですかあ?このキノコ好きですねえ」
「それはホンシメジっていうんですよ。汁に入れない方が味が濃いから、これで食べてみたら
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どうかねえ」
ハルがホンシメジを小鉢によそってジーノに渡した。
「おー・・・これはまた一段と濃厚な、秋の山の香りを濃縮したみたいな・・・こんな香りのする山を
歩いてみたいです。ホンシメジですかあ、安曇野の山には、こんなすばらしいキノコが生えるんです
ねえ」
文吉とハルがニコニコ顔を見合わせている。
「それにしても、よく早くに出ていたねえ?」 と晃が聞いた。
「今朝、三本松のクヌギ林で採ったんだよ。朴(ほう)ノ木沢のマツタケ山の登り口の」
「ああ、あそこか、あそこはいつも早かったよね」
「ハツタケとアカリコも採れたが、マツタケは外れたよ」
「オジサンはさっきまでワサービ畑にいましたよねえ・・・いつ山に行って来たんですかあ?」
ジーノが不思議そうにたずねた。
「西オジは暗くてもキノコを採れるんだよ。だから、いつも暗いうちに行って、八時か九時に
は降りてくるんだ。それに、いつどこに何が生えてくるか分かっているから、自分の畑を見てく
るようなもんさ」 と晃が答えた。