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わさび畑 (5)

 「クレソンや金魚草の根元にへばりついているからね・・・先ず、そーと探っていって、魚に手が
触れたら・・・両手で優しく優しく、魚を前後上下から包み込むように握り込んで・・・最後はキュッと
握る。ほらっ、一丁上がりだ」
 差し出した晃の両手から魚の尾びれがはみだし、飛沫を光らせている。
 「もう獲れたんですかあっ!・・・何が取れましたかっ、見せてくださーいっ」
 晃は魚をジーノの両手の中に入れた。
 「食べごろのマスだ・・・ちょっと小ぶりだけど魚体もきれいだし」
 ピシッ、渾身の力を込めた尾びれでジーノの手の平を打ったマスは宙を舞い、ポチュウンッと


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いう水音を残して水草の陰に消えた。
 「おーっ!なんてことをっ、すいませーんっ・・・せっかくの魚を逃がしまーしたっ」
 「どんまいどんまい、まだ魚は沢山いるから。もう一度やるから良く見て、後はジーノさんも
自分で獲るんだよ・・・と、ほらいた・・・優しく優しくと、これはカジカだな・・・ほらっ」
 「おうっ、これがカジカでーすか。ずいぶん頭と口の大きな面白い形をした魚ですねえ、美味
しいんですかあ?」
 「美味しいか・・・ちょっとあなた、これの焼いたのに日本酒の熱燗注げば、知る人ぞ知るカ
ジカの骨酒だい」
 「おうっ、私もカジカ獲りまーす」
 両腕を水に差し入れたジーノは夢中にり、せっかくまくり上げた袖まで水に浸けている。
 「ここに何かいまーす・・・動かないけど、これ絶対に魚でーす」
 「油断すると急に逃げちゃうからね・・・必ず両手を使うんだよ」
 「おーうっ!!、獲れまーしたっ。私にも獲れまーしたっ」
 「どれどれ、マスだね。それにしても力の入れ過ぎだよ、全身複雑骨折だ。ワニを捕まえるわ
けじゃないんだから・・・」
 ジーノの手の中のマスには、くっきりと指の痕がついていた。
 二人とも何匹かのマスを捕まえたが、カジカがなかなか獲れないでいた。
 「泉さーんっ、今度こそカジカですよーっ・・・今、触れてますが、この感触は絶対にカジカ
でーす。さっき泉さんの獲ったのより、きっと大きいでーす」


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 「どれどれ・・・」 晃が近づいてきた。
 「獲れまーしたっ・・・グワッ!」
 つぶれたような悲鳴を上げると、ジーノは手の中のものをクレソンの上に放り出した。体長十
数センチ程のトカゲの様な生物が、朱色の派手な腹を見せていた。そいつは不器用そうに手足を
ばたつかせて身を立て直すと、腹とは対照的に地味な黒っぽい背中を見せてから、クレソンの下
に潜っていった。
 「なーんだイモリじゃないか。良かったね、あいつに噛まれたら雷が鳴るまで放さないぞ」
 「ほ、ほんとですかーっ!・・・」
 「冗談冗談・・・無害だよ。見かけは悪いけど、可愛い奴さ」
 しばらくすると、今度は晃がジーノを呼んだ。晃は両腕を水に浸けたまま真顔になっている。
 「どーしました・・・またイモリですかあ?」
 「違う違う・・・マスだと思うんだけど、でかいんだよ・・・困ったなあ、今は水草の中に押し付けてて
小康状態だけど、本気で暴れられたら分が悪いかな。網は無いし、シャツを広げた中にでも放り込
んで、くるんじゃえばこっちのものなんだけど、手を放したら逃げられちゃうし・・・」
 「このシャツ使ってくださーい」 ジーノが自分のシャツを脱いで差し出した。
 「いいのかい?」
 「もちろんでーす。早く、逃げられてしまわないうちに・・・どうしたらいいですかあ?」
 「悪いな・・・じゃあ、上手くいくか分からないが、俺の前のクレソンの一番密集してる上に
広げてくれるかい。そーっと移動してくれ、マスを刺激しないように」


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 「これでいいですかあ?」
 「よし、そしたらシャツの向こう側を両手でしっかり掴んで、待機してくれ。俺はこいつをそ
こへ放り込んだら、直ぐこっち側を掴むから。後は二人して同時に巻き込んじゃえば完了だ。
じゃあ、いくぞー・・・一、二の、三っ」
 ザッブアッ。水飛沫とともに現れた銀白色の魚体が両腕に支えられ、弓なりになった。
 魚が野生の反射神経で跳ね返るより素早く、晃が魚をシャツの上に放った。
 「巻いちゃえーっ!」
 「あーっ!横から出ちゃいまーすっ!」

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