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早苗の秘密(3)

 「さっちゃん、どうした・・・そうか、カルチャーショックでたまげてるな。あの池のところ
のベンチで休憩しようか。あのベンチの脇の木は桜なんだけど、入社した時にちょうど満開でさ、
ベンチに座って花を見上げた時のことは今でも忘れられないな。青空をバックにピンクの花がび
っしり咲いて、綺麗だった・・・長い間脇目も振らず、こつこつと走り続けてきた結果の充実感
がこれなんだ。この会社に入れて本当に良かったって、つくづく思ったよ。さっちゃんも油断す
るなよ、競争相手はいっぱいいるんだから。ブレずに目標だけ見て毎日こつこつ積み重ねるんだ。
そうすりゃ気が付いた時には目標に到達してるからね。そりゃあ入社してからだって大変なこと
は色々あるけど・・・これだけの会社なんだから。でも、やり甲斐はあるよ・・・うん、きっと
ある」
 小さな頭をのせた長い首、半袖の白いシャツブラウスからスウッと伸びた色白の腕、紺のベス
トに軽く締め付けられた細くもしなやかな腰、そしてスラリと伸びた形のいい足。背筋を伸ばし、
さっそうと歩く洋子の後姿に見とれながら、この人はモデルにだってなれる人なんだと早苗は
思った。


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螺旋階段を下りた二人は田んぼと畑の間を歩いて、半月型の池に向かった。畑では赤く色づい
たトマトの他に、キュウリ、ナス、ピーマン、オクラなどが良く手入れされて育っている。
 「お疲れ様です」
 キュウリのつるを支柱に結わえていた小柄な男に,洋子が声を掛けた。
 「やあ、あんたか・・・今日はお友達と一緒かな」
 その男は麦わら帽子のひさしをつまんで上げ、日に焼けた顔を見せた。温厚そうな笑いジワの
刻まれた顔から察して、七十歳前後かと早苗は思った。
 「はい、後輩が遊びに来てくれたものですから。今日は一段と暑いから大変ですねえ」
 「うん。まだ二度目の夏だが、本当に東京の夏は暑いねえ。群馬の田舎者には応えるよ」
 と言って老人は、首に掛けたタオルの先で顔の汗を拭った。
 「群馬県のご出身なんですか?」
 「おととしまでは群馬の下仁田っていう田舎で、ネギやコンニャクを作っていたんだよ」
 「下仁田の長ネギって、とっても美味しいですよねえ。私、前に食べたことあります。肉厚で
柔らかで、とろーっと甘くて」
 早苗も話しに加わった。
 「あんた、お若いのに下仁田のネギを知っているのかい」
 「はい。うちは母が料理人で、父が食いしん坊ですから。以前、父が抱えきれないくらい沢山
貰ってきて、そんなに沢山どうするのかって心配したんですけど、びっくりするほど美味しくて、


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 色んな料理で、あっという間にたべちゃいました」
 「もしかしたら、私の作ったネギだったかも知れないな」
 「本当ですね。父が下仁田ネギはネギの王様だって言ってましたよ」
 「長ネギに種類の違いなんてあるんだ・・・私、知らなかったなあ・・・もうネギやコンニャ
クは作られていないんですか?」 洋子が聞いた。
 「三年前に家内を亡くしちゃってね。長男がこっちで勤め人してて、どうしても一緒に住めっ
て言ってくれるもんだから、今は息子の家で厄介になっているんだよ。ただ、お蔭さんで身体は
丈夫だし、長年染み付いた貧乏性で、じっとしてられないで困っていたところに、運良くこの仕
事を紹介されたから、働かせてもらっているんだよ。ありがたいことさ、こんな爺さんでも、こ
ういう仕事なら、ちったあ役に立てるからね」
 と言って、老人は腰をさすって伸ばしながら笑顔を見せた。いい笑顔だった。穏やかに暮らし
てきた人の笑顔だった。

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